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福岡高等裁判所 昭和30年(ネ)321号 判決

控訴人 中西玉夫 外三名

被控訴人 堀静夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

被控訴人において、控訴人中西玉夫同中西セツに対し金七〇、〇〇〇円、控訴人藤原迪子に対し金五、〇〇〇円、控訴人松本文鉄に対し金五、〇〇〇円の各担保を供するときは、原判決主文第一、二項各記載の控訴人等関係の家屋明渡部分に限り、仮りに執行することができる。

控訴人中西玉夫同中西セツにおいて、金一二〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮執行を免れることができる。

事実

控訴人等代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行免脱の宣言を求め、被控訴代理人は、主文第一、二項と同旨並びに家屋明渡部分に限り仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴人等代理人において「被控訴人は昭和二九年四月二六日控訴人中西玉夫に対し固定資産税の滞納金一〇万余円を同月三〇日までに納付すべき旨催告し、同控訴人において右日時までにこれが納付をしなかつたことを理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたが、右催告に附せられた四日間なる期間は不相当であつて適法な催告ということはできないから、これに基ずいてなされた右解除の意思表示はその効力なきものである。」と述べ、被控訴代理人において「催告期間が不相当とする同控訴人の主張は否認する。仮りに右催告期間四日が相当の期間でなかつたとしても、解除の意思表示をしたのは同年五月七日であるから、その間相当な経過期間が存したので右解除の意思表示は有効である。」と述べた外は、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

〈証拠省略〉

理由

控訴人中西玉夫が被控訴人よりその主張の調停事件の調停条項に基ずいて被控訴人所有にかかるその主張の家屋(原判決添付目録記載の家屋)を主張の約旨で賃借したことは当事者間に争のないところである。

そして被控訴人が別府市長より昭和二九年四月二二日付催告書をもつて同人所有の不動産に対する固定資産税の昭和二七年度第二、三、四期分及び昭和二八年度第一ないし第四期分の滞納金合計一〇九、九五〇円を同月三〇日までに納付すべき旨の催告を受けたことは、成立に争のない甲第一号証及び原審での被控訴本人の供述により明らかであつて、被控訴人が同控訴人に対し同月二六日送達の内容証明郵便で右滞納の事実を通知し同月三〇日までにこれを納付するよう催告をなし、同控訴人において右期限までにこれが納付をしなかつたので同年五月七日到達の内容証明郵便で同控訴人に対し本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなした事実については、同控訴人の認めるところである。

控訴人中西玉夫は「前記調停によつて被控訴人所有不動産に対する固定資産税を同控訴人の負担とすることを約したが、右税負担の約定は本件賃貸借契約の附随的特約に過ぎないから、かような附随的特約に基ずく債務の一部不履行を理由として本件賃貸借契約を解除するのは契約上の信義則に照して許さるべきものではない。」と抗争する。よつてこの点について審究するに、いずれも成立に争のない乙第一号証、甲第四、五号証に原審並びに当審証人垣迫杉太、同安部万太郎、同岩尾新一、当審証人二宮威徳の各証言、原審並びに当審での被控訴本人尋問の各結果と控訴本人中西玉夫の供述の一部及び当審での控訴本人中西セツの供述の一部を綜合すると、次の事実を各認定することができる。すなわち、

(一)  被控訴人は本件家屋全部を昭和二〇年頃から訴外豊田種松に賃貸し、同訴外人は右家屋で旅館業を経営してきた。ところがその後被控訴人が右訴外人を相手取り別府簡易裁判所に右家屋の明渡請求訴訟を提起し、その結果右家屋の一部のみの明渡を認容せられいわゆる同居判決の言渡を受けたので、当事者双方は右判決に対し大分地方裁判所に控訴した。右事件は同裁判所に係属中同裁判所昭和二四年(ノ)第三号家屋明渡請求民事特別調停事件として調停に付せられ別府簡易裁判所で調停手続が開始せられた。他方、控訴人中西玉夫は当時別府市梅園町で借家して、これまた旅館業を営んでいたが、家主からその家屋の明渡請求訴訟を提起せられて係争中であつたところ、前記訴外豊田種松が右係争家屋を買受けたので、控訴人中西玉夫が右係争家屋を明渡してこれに訴外豊田種松が移り、同訴外人に代つて控訴人中西玉夫が被控訴人より本件家屋を賃借してこれに移れば、ここに一連の紛争が解決を見るので前記調停事件の調停委員会は右調停事件に控訴人中西玉夫を利害関係人として参加せしめ、右の方針に副つて事態の円満解決を図ることに努力した。ところで被控訴人は元来訴外豊田種松に本件家屋を賃貸するまで約二〇年間右家屋で旅館業を経営していたが、戦時中他に疎開するについて右訴外人にこれを賃貸するに至つた事情もあり、当時大分市に居住しており他に生業もなく資産として本件家屋とその敷地の外は隣接の宅地一〇坪及び鉱泉地を有するに過ぎないものであつたところから、自ら本件家屋で旅館経営に当りたい希望のもとにその明渡を主張したが、調停委員等よりの切なる要望もあつて遂に被控訴人も同控訴人に本件家屋を賃貸することを承認し、被控訴人一家が右家屋のうち一部(原判決添付目録記載の家屋中除外部分)を使用してこれに居住しその余の部分全部を同控訴人に賃貸するに至つた。

(二)  そして右賃貸借期間については、控訴人中西玉夫としては本件家屋を借受けて旅館業を営むのでその期間を少くとも十年を希望していたのに対し、被控訴人においては前記のように自ら旅館業を営みたい志望を捨てておらなかつたので、右期間を二、三年位と主張して譲らず容易に調停の成立を見るに至らなかつたが、委員等の熱心な勧説により遂に右期間を昭和二四年一二月一日より昭和三〇年一二月末日までの六年間とすることに妥結した。

(三)  当時被控訴人一家は被控訴人とその妻及び娘一人の三名家族であつて、被控訴人は右家屋より生ずる家賃以外にさしたる収入もない経済状態にあつた実状に鑑みその生活を維持するに必要な限度として、前記調停委員会は当時としては必ずしも低廉なものではなかつたが右家賃を一ケ月金一〇、〇〇〇円とする案を示して当事者の承諾を得、さらに被控訴人所有の不動産に対する家屋税地租税(固定資産税)及び本件家屋の修繕費について、これを被控訴人の負担とするときは、前記被控訴人の経済事情より右家賃金より捻出するより外に途はなく、かくては被控訴人一家の生計に支障をきたすべきことも憂慮せられた結果、特にこれ等固定資産税及び修繕費を賃借期間中借主である控訴人中西玉夫の負担とすることに同控訴人の承諾を得た。しかし被控訴人一家が本件家屋の一部に移り同控訴人一家と浴場等を共同使用する関係上、鉱泉税のみはこれを被控訴人の負担とすることとし、かくて昭和二四年八月六日前記調停が成立しその調停条項に基ずいて同控訴人が被控訴人より本件家屋を賃借するに至つた。

右認定に反する原審並びに当審での控訴本人中西玉夫及び当審での控訴本人中西セツの各供述部分は前掲各証拠に照して措信し難く、他に右の認定を動かすに足る証拠はない。

そして右認定の事実に、前顕甲第一号証及び成立に争のない同第三号証、当審証人岩尾新一の証言、当審での被控訴本人及び控訴本人中西玉夫同中西セツの各供述により認められる、前記調停によつて控訴人中西玉夫の負担となつた被控訴人所有不動産に対する固定資産税(うち被控訴人負担の鉱泉税及び前記宅地一〇坪に対する分を除く)の年額が右調停成立当時より昭和二九年度までは逐年増額せられており、これを前記家賃の額と比較して必ずしも軽微の額といい得ない事実、右調停成立後控訴人中西玉夫はその妻控訴人中西セツ名義をもつて本件家屋で旅館業を営み、控訴人セツにおいて被控訴人に対する固定資産税の納税管理人となり、本件家屋賃借後昭和二七年度第一期分までの固定資産税は既に同控訴人において納入ずみである事実、右固定資産税のうち控訴人中西玉夫の負担となつている分について昭和二七年度第二期分以後昭和二八年度全期分を滞納した結果昭和二九年五月一四日別府市長より本件家屋の差押処分を受けた事実をも合せ考量するときは、前記固定資産税の負担に関する特約は本件賃貸借契約に附随的なものではなく右契約上の賃料支払債務と同視し得べき主要部分を構成するものと断ずるのが相当である。従つて賃貸借という継続的債権関係を支配する信義誠実の原則に照して本件賃料について遅滞がなくとも約定の固定資産税納付について右関係を継続して行くことができないと認められる程度の履行遅滞がある場合には貸主は右賃貸借契約の解除をなし得るものといわなければならない。

ところで控訴人中西玉夫は、被控訴人において昭和二九年四月二六日同控訴人に対し前記固定資産税の滞納金を同月三〇日までに納付すべき旨催告したが、右催告に附せられた四日間の期間は不相当であつて右催告は適法なものということはできない旨抗争するが、同控訴人の妻セツが右固定資産税の納税管理人となつていて昭和二七年第一期分までは既に同控訴人において納付していることは前認定のとおりであるから、同控訴人において右固定資産税の納期及び滞納の事実は充分に知悉していたものというべく、右催告期間はなんら不相当ということを得ない。のみならず右催告の通知が同年四月二六日同控訴人に送達せられた後同年五月七日到達の書面で同控訴人に対し右賃貸借契約解除の意思表示をなしたものであること前示認定のとおりで、右催告後契約解除の日までに経過した期間は履行のための期間と認め得るのでこれによつて右契約解除の効力を否定するを得ないものといわなければならない。

もつとも同控訴人において、前記固定資産税の滞納分について別府市当局に対し徴収猶予の申請をなし納税方法について分納の手段を講じていることは、成立に争のない乙第二号証同第四、五号証、同第七号証及び当審での同控訴人の供述によつて認め得られるところではあるが、右は前記被控訴人が本件賃貸借解除の意思表示をした以後のことであつて、右解除前同控訴人において右のような手段方法を講じ、誠意ある措置をなした事実の認め得られない本件において、たとえ右遅滞が同控訴人の経営する事業が不況であつたことに基因するものとはいえ同控訴人に過失の責なしとは到底いうことはできない。従つて被控訴人において自認するように家賃について同控訴人に支払の遅滞がなくとも、前記調停によつて同控訴人の負担となつた右固定資産税の滞納分について被控訴人よりの支払催告に対しこれを納付しなかつたことを理由としてなす被控訴人の本件賃貸借契約解除の意思表示は前示昭和二九年五月七日同控訴人への到達と同時にその効力を生じたものというべく、本件賃貸借は同日解除となつたものといわなければならない。

そして同控訴人が右解除後も本件家屋を占拠していることは同控訴人の認めるところであるから、同控訴人は被控訴人に対し本件家屋を明渡し且つ昭和二九年七月一日以降右明渡ずみに至るまで一ケ月金一〇、〇〇〇円の割合による前記家賃相当の損害金を支払うべき義務あること明らかである。

控訴人中西セツが控訴人中西玉夫の妻であつて控訴人セツ名義をもつて本件家屋で旅館業を経営していることは前認定のとおりであつて、同控訴人がこれに居住して占有していること及び右両名を除くその他の控訴人等においてそれぞれ被控訴人主張の本件家屋の原判決主文掲記の当該部分を占有していることは同控訴人等の認めるところで、同控訴人等においてこれを占有するにつき他に正当の権限を有することの主張立証もないから、同控訴人等は被控訴人に対し当該占有部分を明渡す義務あることこれまた明らかなところである。

さすれば被控訴人の本訴請求は正当として認容すべく、これと同旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条によりこれを棄却し、控訴費用の負担については同法第八九条、第九三条、第九五条を適用し、仮執行の宣言については、同法第一九六条第一項第三項を、仮執行免脱の宣言については、控訴人中西玉夫同中西セツに対してはこれを為し、その他の控訴人等に対してはこれを為さないのを相当とするから同法第一九六条第二項第三項を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹下利之右衛門 小西信三 岩永金次郎)

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